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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)163号 判決 1995年12月15日

福岡県甘木市大字甘木二三七九番地の一(F-二三八)

上告人

坂田憲治

福岡県甘木市大字菩提寺五六五番地の一

被上告人

甘木税務署長 坂口卓

右当事者間の福岡高等裁判所平成七年(行コ)第二号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成七年六月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、いずれも正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論の点に関する所得税法の各規定及び本件更正処分が憲法一四条一項、二五条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日判決・民集三九巻二号二四七頁、最高裁昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁)の趣旨に徴して明らかである。その余の違憲の主張は、右と異なる見解を前提とするものであるか、又は原判決に所論の違法のあることを前提とするものであって、その前提を欠く。論旨はいずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成七年(行ツ)第一六三号 上告人 坂田憲治)

上告人の上告理由

(一) 上告理由第一点。事業所得者の事業に関わる勤労収入における給与所得控除(相当)を認めない判決について。

原判決が上告人について、給与所得控除(相当)を認めなかったのは、法の下の平等を定めた憲法一四条をはじめ、後記(八)記載の憲法各条に違反するものである。

1 原判決(一審と同一)は、最高裁判決(昭和五五年(行ツ)第一五号昭和六〇年三月二七日大法廷判決)を踏襲し、「……給与所得者に概算控除の制度である給与所得控除を認めた目的が、給与所得者と事業所得者等との租税負担の均衡に配意…」を主目的とし、「…租税負担を国民の間に公平に配分するとともに、租税の徴収を確実・的確かつ効率的に実現することは租税法の基本原則であるから、右目的は合理性を有する…。」「この目的からすると、必要経費につき実額控除が認められている事業所得者に対して更に給与所得控除を認めないのは当然というべきであ……る。」、故に上告人の主張は独自の見解であって、給与所得者と事業所得者の区別は合憲であり、事業所得における給与所得控除には理由がないと理由説示する。

右説示は結局被上告人の更正理由を簡単に追認し、所得税法を安易に採用したものにすぎない。

2 しかし、その概算控除の給与所得控除は、青色申告者である上告人による正確な記帳に基づく申告を被上告人も認めるところであるに比較し、算定基礎も明白でなく、かつ「国民各自には具体的に多くの事実上の差異が存するのであって、これらの差異を無視して均一の取扱いをすることは、かえって国民の間に不均衡をもたらすものであり」(最高裁判所民事判例集第三九巻二号=前記判決=二五八頁一行目ないし二行目)と説示するがごとく、事業所得者と給与所得者を二分割する区別は右理由からその合理性も否定されるものである。

事業所得であっても給与所得者の給与収入と同じく、生活費等に充当し、可処分できる金銭に変りない収入である。

また、収入源泉は給与所得者と同じく、勤労による対価として生じる利益金で、その利益金を多人数で生じさせるか、上告人のように自己のみで生じさせるかの違いのみである。

この利益配分を法人企業等あるいは個人企業などから勤労の対価を受ければ給与所得者個人の収入となる。しかし、個人企業の事業主が自らの勤労による利益配分を受ければ、前者の給与所得者と違い、事業所得者個人の収入でなく、直ちに課税対象の事業所得と看做される。これは社会的身分による経済的差別であり、政策による政治的差別である。

3 仮に給与所得控除が事業所得者と給与所得者との負担の均衡を目的としたものであっても、説示で述べられたごとく、個人差異は千差万別というほどあり、単純に区別し、課税規定を法令化しそれを適用することは法の下の平等を定めた憲法一四条一項の趣旨および前述した最高裁の判決理由説に反するものである。

しかも、上告人のごとく、給与収入額と事業所得を合算し、百パーセント正確に申告し、その合算額から給与所得控除額相当を名目的に差引きしたものでこれは給与所得者に与えられている低所得者への配慮と課税裁定限等を構成する給与所得控除最低保証額と同等の控除である。この最低保障額の保障は自営業者には与えられず、事業所得者全てが高所得層に属し低所得者が皆無であれば、合理的あるいは正当的理由となるであろうが、しかし現に低所得者は存在し、そのことによって過重課税となっていることは本訴訟を通じ明らかである。

4 さらに事業所得者は必要経費の実額控除を認められているから給与所得控除は認めないと理由説示を原審(一審と同一)はしている。

しかし、先に判例説示にあるように「(三)給与所得者は、………職場における勤務上必要な施設、器具、備品等に係る費用のたぐいは使用者において負担するのが通例であり、」。(最高裁判所民事判例集第三九巻二号二五九頁八行目ないし一一行目)の説示の通りである。これは上告人の事業に係る必要経費(総額五五六、八三七円)と同一のものである。給与所得控除とは追加経費的なもの。

従って、事業所得者が、経費の全額控除が出来るとしても、それは正確な記帳、申告の結果であって、給与所得者のように収入に係る経費を正確な記帳もせず、大多数の者は企業等に記帳(給与支払台帳)や申告の代行をさせ、自らは濡れ手に泡の給与所得控除を受け、手続きと実益を甘受している。これらはどのような見方をしても不平等と言わざるを得ないものである。

5 一審および原審において訴訟理由を深く控究せず結論を急ぎ該当法令条項に対し憲法審査をおろそかにした結果の判決、説示である。特に所得税は個人の担税力に応じた公平課税が原則であるから「事業者であるから」「給与所得者であるから」…との理由で課税上の控除方法に格差をつけることは元来違法である。

そもそも、給与所得者の内、実経費支出額が給与所得控除額を上廻る者は極少数であることは特定支出控除制度が新設された一九八八年以降申告件数は毎年一〇件以内(情報・知識イミダス・一九九五年版・発行(株)集英社)とごくわずかであることで明らかなように、大多数者は実経費が給与所得控除額を下廻り、中には実経費支出零円の者も多人数あり、実質的に生活費相当分を課税しない単なる所得控除となっているのである。したがって、事業所得者に給与所得控除(相当額)を認めないのは違法である。

6 所得税法は、所得税の課税対象である所得をその性質に応じて一〇種類に分類した上で、それぞれに所得控除又は特別控除を規定している。

所得区分のうち、給与所得には給与所得控除、退職所得には退職所得控除、山林所得には特別控除、譲渡所得には特別控除、一時所得には特別控除、雑所得の公的年金等には公的年金等控除があり、資産性の利子・配当・不動産所得を除けば、唯一事業所得にだけ所得控除がないことは違法である。

所得控除や特別控除は実経費の外に認めたものであるから事業所得者を除いて、他の所得のみに認めることは公平課税原則に反するものである。ちなみに特別控除額は五〇万円である。

右のごとく、憲法一四条一項違反は明白である。

(二) 上告理由第二点。一人暮しの寡夫に寡夫控除を認めない判決について。

原判決が上告人について、寡夫控除を認めなかったのは、法の下の平等を定めた憲法一四条をはじめ、後記(八)記載の憲法各条に違反するものである。

1 原判決(一審と同一)は、所得税法上、寡婦控除と寡夫控除では控除を受ける要件にはその主張のように差異が設けられ、区別しているが不合理でない故に憲法一四条に何ら反しないとして、上告人の主張を失当とした。

2 被上告人が寡夫控除を認めない理由は「扶養する子がいない」の一点のみである。しかし、この点については死別者あるいは生死が明らかでない者の妻は扶養親族等を必要としない。この控除の趣旨・目的は生活困窮者とならないよう課税軽減を行なうにあり、その趣旨・目的からすると低所得者である上告人に認めない判決は違法状態を見過す不当判決である。

3 しかも、原判決の理由判示は次の点をあげている。

<1> 寡夫の場合、寡婦と異なって、通常は既に職業を有しており、引き続き事業を継続したり、勤務するのが普通と認められ、

<2> また、高額の収入を得ている者も多い等両者間の間に租税負担能力の違いが存するので、

これらの諸事情を考慮した結果と解される。としている。

4 しかし、この説示は所得税法上で寡婦控除あるいは寡夫控除を受けられるのは所得者本人で男女共に収入のある者でなければならないことを忘却し、男の場合を高額の収入者としているが、男女によって収入の高低を定義づけることはなり得ないし、両者間の租税負担能力に性別による能力の違いを固定化することもできない。

5 従って、男女の性の違いでなく、収入の一定額(現行所得で五〇〇万円以下)以下の者全てに認めるべきで、扶養親族又は子は別途考慮(現行の扶養控除)でよいのである。

以上のように法の下の平等に違反し、又、理由に齟齬及び錯誤がある。

(三) 上告人理由第三点。非課税となるべき最低限度の生活被相当額を認めない判決について

原判決(一審と同一)が、上告人について、生活保護法の趣旨などにより当然非課税とすべき額(給与所得者の課税最低限と同額)についてまで課税の対象とすることを認めたのは、健康で文化的な生活を行う権利を定めた憲法二五条をはじめ、後記(八)記載の憲法の各条に違反するものである。

1 原審は自ら非課税となるべき右記相当額を算定し、判決をなす権限を与えられながら、その権限を行使せず、上告人が具体的に生活保護法や給与所得者の課税最低限を勘案し、基準となる額を算出したが、その基準額を安易に否定し、「清貧者に重税を課した処分を正当とすることは誤判も甚だしく」何人も説諭することはできない。

2 原判決は憲法二五条一項の「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念である。と説示するが、立法府が隔年あるいは五年に一度でもその額を公示しいれば立法府の裁量権も認められるところであるが、実際には何ら公示されていないのである。それゆえ裁判所に求めるのである。

3 上告人は、昭和五四年一一月七日大阪高裁(所得税決定処分取消請求事件、昭和四九年(行コ)第三六号)の判判決理由の判示(最高裁民集第三九巻二号三三一頁一七行ないし三三二頁一行。)では「憲法二五条により保障された生存を維持するための生活資金であるいわゆる最低生活費は…(以下続く)……生存権を具体的に保障している生活保護法により給付される保護金品に対しては、すべての租税や控訴公課の賦課が禁止されている点(同法五七条)に徴し疑いはない。」とされ、最高裁でもその点を否定されていない以上、原審判決は右判例に違反するものである。

従って、生活保護法による金品の額に租税額(所得税・市県民税等)並びに公訴公課(健康保険料等の社会保険料等々)を加えた額を保障し、課税最低限の額とすることこそ、憲法二五条の本旨である。

4 原判決(一審と同一)は「生活保護法による扶助を受けざるを得ない者とそうでない者を直ちに同一に考慮することは相当でない…)等と説示しているが、上告人は生活費等の扶助を受けるために訴訟を起こしたものでなく、錯覚・齟齬も甚だしい不当判決である。

(四) 上告理由第四点。その他の憲法各条違反を認めない判決について

1 原判決(一審と同一)は本件更正処分が憲法一四条一項又は二五条一項の違反があることを前提とするものと解される…。故に上告人の主張する他の憲法各条項違反は、その前提を欠き失当であると説示する。

2 しかし、上告人の主張は憲法一四条一項および二五条一項のみでなく、二五条二項以下、一三条、一一条及び九七条、一八条にも違反しているとして原審にその判断・判決を求め、さらに結論として九八条一項に違反し、更正処分等を無効となすよう求めたものであるから審理を行なわず判決を下す齟齬は容認できないものである。

(五) 上告理由第五点。加算税賦課の違法を認めない判決について

原判決(一審と同一)が加算税賦課の違法を認めなかったのは、法定手続の保障を定めた憲法三一条をはじめ、後記(八)記載の憲法各条に違反するものである。

1 原判決は諸点において本件更正処分は憲法及び所得税法に適合する正当なものであり…国税通則法六五条四項に定める正当な理由があったとは認められないから…加算税賦課決定処分は適法であると説示する。しかし、右判示は被上告人の主張するところの租税法が合憲のものとの前提の基に判断しており、上告人は訴状四以下原審で陳述した通り、所得税法の疑点すなわち、法の下の平等、生存権等々の基本的人権を自ら守り、それらの疑点を明らかにするために裁判所の判断を得る目的のための不可欠、かつ唯一の申告方法を採ったに過ぎない正当行為である。

2 従って、加算税賦課という処罰処分は当を得ない違法なもので、しかも国民の裁判を受ける権利及び法定手続の保障を定める三一条を侵すもので、国税通則法六五条四項及びこれらを超ゆる正当理由となり得るものである

よって、判決は齟齬によって導きだされた不当判決である。

3 さらに、上告人をはじめ納税者である国民が自ら裁判所に権利確認のための志をするために過少申告加算税賦課処分を否応なく甘受せざるを得ないことは一般常識を覆す、いかにも酷な処分と言わざるを得ない。

すなわち、国税通則法六五条四項の定めはこのような国民の権利行使あるいは権利履行を正当な理由と認め、苛酷な結果を招来することの回避をなすための目的で法令化したものと解釈するが順当である。

本件の如き事情こそ、該当することを看過してなされた被上告人及び原審の重大な法令解釈の過ちが存することは明白である。

(六) 上告理由第六点。督促処分の違法を認めない判決について

原判決(一審と同一)が督促処分の違法を認めなかったのは、法定手続の保障を定めた憲法三一条をはじめ、後記(八)記載の憲法各条に違反するものである。

1 原判決(一審と同一)は本件各処分に何ら瑕疵がないから、上告人の主張は前提を欠き失当と理由説示する。

2 しかし、上告人は納税の義務を侵す行為目的は当初から意図していない。本件各処分について前述した理由や憲法一二条に定められている国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。ならびに常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。を実行しているに過ぎず、本訴訟の判決確定まで上告人の納税義務は確定していないし、督促処分は違法。右記一二条から見ても国家権力による国民の権利を侵すもので容認した判決は違法である。

(七) 上告理由第七点。延滞税の賦課決定処分の違法を認めない判決について

原判決(一審と同一)が延滞税の賦課決定処分の違法を認めなかったのは、法定手続の保障を定めた憲法三一条をはじめ、後記(八)記載の憲法各条に違反する。

1 原判決は、延滞税の納付義務は納付すべき税額をその法定納期限までに完納しないときに、国税通則法六〇条の規定に基づいて、何ら特別の手続を要することなく法律上当然に発生するもので…取消請求は、その対象を欠く…から却下と説示する。

2 しかし、単に法令があるからと理由にほかならず、延滞税の賦課通知書(所得税の更正処分)は法定納期限の三月一五日より遅れること三カ月半後の七月一日付であり、少なくともその間は税務行政庁の責に起するものであり、又、国税通則法六一条の延滞税の額の計算の基礎となる期間の特例に比較しても不当なもので本訴訟の特別経緯から、納税義務の有無に争いのある場合、終局判決によって義務有とされた場合にはじめて起算日とされるのが妥当なる結論である。

3 従って、法定期限日とすることは、上告人あるいは一般国民と収税官庁との対等平等の原則に反し、極端な不均衡は社会正義に反する違法なものである。

尚、右の2については、その審理を行った形跡がない。

4 さらに、理由説示から考察するに判決は収税官庁及び国家権力に迎合し、一方の利益のみを図るもので納税義務者もしくは納税義務者と看做される者の利益を無視した不当なものと言わざるを得ず、更に本訴訟の場合は判決書に摘示された経緯からも明らかな通り、当該更正処分の更正額に対する課税に争いがあるのみならず、それは少数者とされる事業所得者と多数者の給与所得者との間にある税負担の公平化を求めるものである。

(八) 結論

以上のごとく、原判決は悉く憲法違反である。

(一)については憲法一一条、同法一三条、同法一四条一項、同法二五条一項、同法二九条一項、同法九七条、同法九八条一項、同法九九条の解釈の誤り――民事訴訟法第三九四条の法令違反――、かつ判決に明確なる理由を付けず、理由に齟齬がある――同法第三九五条一項六号違反。

(二)については(一)と同じ。

(三)については(一)と同じ。

(四)については省略。

(五)については(一)と同じ。他に憲法一八条、同法三〇条、同法三一条、同法八四条の解釈の誤り――以下同じ。

(六)については(五)と同じ。

(七)については(五)と同じ。

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